「二重人格」をテーマにした代表的な小説作品である本作。『ジーキル博士とハイド氏』というタイトルくらいは聞いたことがあるという人が多いのではないかと思います。医者であり法律家でもあり、社会的地位の非常に高いジーキル博士という主人公が、見るも醜いハイド氏に変身して悪事を繰り返す、というストーリーですが、スティーヴンソンがこの作品を書くにあたって実際の人物をモデルにしたと言われています。昼間は実業家として成功しているけれど夜は強盗として数々の事件を起こしていた実在の人物を基にしたそうなのです。
さて、この作品はおそらく世界で初めて「二重人格」というものを正面から取り上げた作品として価値を認められていますが、僕はこの作品をあまり評価していません。というのも、人間の内に潜む二面性を、奇妙で非日常的なものとして殊更に誇張して表現したことに普遍性を見出せないからです。その二面性を、誰にでもあるごく一般的な心の作用として受け止め、そういった作用とどう向き合っていくか、という文学的テーマとして扱ってほしかったです。
人間とは究極のところ、ひとりひとりが多種多様のたがいに調和しがたい個々独立の住民の集団のごときものに過ぎないものとして把握されるだろう。
これは、新潮文庫版・田中西二郎訳からの引用ですが、その「個々独立の住民」をそれぞれ1人の人間として抽出してしまっては、人間存在の複雑さを矮小化することに繋がるような気がします。
この作品に敢えて美点を見出すとすれば、ジーキル博士の友人・アターソン氏の回想とハイド氏の告白という二部構成になっている点ですね。この語りの形式はなかなか面白い手法であると思います。